住職の書斎
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旗振るな、旗たため

 城山三郎さんに「旗」という詩がある。「旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため」と始まり、「社旗も校旗も/国々の旗も/国策なる旗も/運動という名の旗も/ひとみなひとり/ひとりには/ひとつの命」と続く。
 昭和二年生まれの城山さんは、敗戦目前、十七歳で海軍に志願した。だが、軍隊は忠君愛国に燃えている世界ではなかった。国民が配給生活に困窮していたとき、上官は貴重な食料を独り占めし、新兵を朝から晩まで殴った。「牛馬にも劣るひどいもの」だった。「大義」に煽られ、「旗」に振りまわされて死んでいった死者たち。「どれほど彼らが憤り、くやしがり、おびえ、悲しみ、その上であきらめて死んで行ったか」。死者たちの憤りこそ城山文学の出発点だった。
 晩年、城山さんは「個人情報保護法」に猛然と反対した。言論の自由が失われることへ人一倍危機感を持っていた。なぜ反対するのかという対談者の質問に、「敗戦の日に見上げた空がとても高かったんです。あんなに高い空ははじめてだった」と語った。城山さんの「旗」は「みなひとり/ひとりには/ひとつの輝き」「みなひとり/ひとつの光」と続く。
 今年三月、かく戦後を戦った城山さんが生涯を閉じた。